絶望ノオト

ゆっくりと確実に、世界は終わっていく。

かわいい子役の子供達を見ていて思うこと。

小さい時、劇団に参加していた。

参加していたと言うと聞こえはいいが、要は子役の養成所に習い事しに行っていた。

月謝は月々3万6千円。

当時バブル崩壊の最終局面、なにをしても儲かると言われたとんでも時代だ。

よくも3万6千円なんて大金払えるお金がうちにあったもんだと感心するがまぁその時はあったんだろう。

いまとしては考えられないことだが。

両親は老後の先行投資先に子供の役者化を望んだようだ。もうちょっとうまい投資先を選んでおけばいいのに。まぁそれは言うまい。ありがとうと言っておこう。

しかし残念ながら投資は失敗。役者の芽は出ず、羞恥心のぶっ壊れた残念な大人が一人出来上がる結果になってしまった。

 

養成所ではまず恥ずかしがりっ子のかわいい子供に芽生えた羞恥心を無惨に摘み取るところから始める。

役になりきれ、人の印象に残る行動を心がけろ、演技は大げさに、それでいて自然に、観客は全員かぼちゃだ、挨拶は大声で、感情を爆発させろ。

毎週日曜に4時間の稽古があるが、セリフ回しの滑舌と発声練習から始まり、やたら無駄に長文の台本を丸暗記させられたり、

どこと癒着してるのかわからない高額な稽古道具を買わされたり、稽古終わりにやたら着飾ったお母さん連中の食事会に付き合わされたり、

とにかくつらいことのオンパレードだった。

 

そういうのにとにかく耐え、評判の良くなった(ストレス耐性の良くなった)子供達は、テレビ局や舞台なんかのオーディションに呼ばれることになる。

ここで監督のおメガネに叶えば晴れて役をゲットできる寸法だ。

近隣中の劇団から選抜されたお利口さん達が我こそは印象に残ろうと好き勝手自己アピールを開始する。中には役に入りすぎて立ち上がれなくなったり、嗚咽が止まらなくなり途中退場をやむなくされて休憩室で休む羽目になってしまう子供が出てしまう。

 

僕は子供の時から今と精神がまったく変わっていない、ある意味常識をわきまえた大人な子供だったのでとにかく冷めた目線でこれを見ていた。

こうすれば大人に気に入られる。こうすれば役をもらえる。すべてわかって理解していた。そして実行した。

倒れた子供も役に入りすぎた子供もみんなわかってやっていたんだと思う。でなけばやってられない。

役をもらえれば親は喜ぶ。親戚近所に自慢できる。大人にえらいと言ってもらえる。

それが役者を目指す小さな子供達にとって世界の全てであり可哀想だが目指した現実のリアルなのだ。※あくまで個人の所感です。

 

僕は小学校から中学校卒業まで劇団に所属していた。

結果は大したことなかったけど、あの晴れやかな世界に出演している人たちの影の努力と苦労を少なからず知ることができた。それはそのあとの精神にプラスになったと信じている。それはいい。

 

ただ多感な子供達にあの世界はムゴすぎだ。

役者として生活できるかは宝クジにあたるより低い確率なのだ。しかも本人の資質によるところがかなり大きい。

ぼくの同期や知っている先輩後輩でいまもテレビに出ている子達は一人もいなくなってしまった。

みんなその後定職について幸せに暮らしていることを祈るばかりだ。

 

少年時代

少年時代