天望ノオト

ゆっくりと確実に、世界は終わっていく。

シェア文化が嫌い。

シェアって行為が理解不能だ。

シェアすることに極度の抵抗を感じる。

シェア文化を思いついた人には今すぐ責任を取ってシェア文化を撤回してもらいたい。

 

以下にシェア文化の理解しがたいおかしな点を挙げてみる。

 

・お弁当

まずお弁当を買うとき、僕はお肉が食べたいのでお肉のお弁当を買ってきたとする。元々独り占めできたこのお弁当、同席相手も僕のお弁当の味が気になったのだろう、すかさずおかずをシェアしない?と、切り出してくる。

シェアとはつまり「はんぶんこ」のことだ。

するとどうだろう。なんと僕は元々独り占めできたお肉の量が半分に。さらに食べたくも無い相手の魚や野菜のすっぱいおかずを食べるハメになってしまった。この時点で僕は2倍酷い目に。相手は自分のすっぱいおかずの量が半分になり、おまけに僕のお肉まで食べれてとってもお得に。

僕だけ4倍損した気分だ。

 

お肉が食べたいのならお肉のおかずを買えば良い。そうすれば僕をこんなに酷い目に合わせなくて済む。

それでもシェアを言い出したのだから、相手は敢えて自分以外のだれかからおかずを奪う選択をしたというわけだ。もはやこれはただの嫌がらせ以外のなんでもない。

こんな気持ちにさせられてまでシェアをさせるなんてはっきりいってナンセンスだ。道徳の時間に何学んできたんだろう。

こんな状況を作り出しておいて平然としていられるシェア推進派の気持ちがまったくもって理解できない。

 

さらにこのシェアとか言うおかしな文化。最近流りだしたはずなのに、断るとなぜかこの人は人として元々心が狭い、みたいな反応までされて実質断ることができない。こんなのはフェアじゃない。

しかも食べるペースまでシェア相手に合わせなければならない。

そしてシェアする相手のために普段やらなくても良いおかずを半分にする作業をしなければならなくなるのだが、こんなこと普段やらないのでおかずを箸ではじいたり、滑って落としたりと慣れない作業のせいで床や服を汚す確率までハネあがる。こうなったらクリーニング代まで払わなければならなくなりそうだ。

こっちはどうせ分けるならちょうど分子レベルで半分にしないと気が済まない性質なのでレッザーカッターでも持ってきてくれれば良いのに。大雑把にもその場でお箸で分けなければならず、「はんぶんこ」に失敗するとなんかめっちゃ嫌な気分になる。

楽しみだったお弁当がシェアを言い出されたせいだけでこんなにもストレスを感じなければならなくなった。

 

シェアを広めた人にはすぐに反省してほしい。

シェア文化のせいでこんなにもつらい、酷いイライラが世の中に蔓延したと知ってもらいたい。

あとお肉がたべたい。

 

・シェアハウス

シェアといえば次に思いつくのはシェアハウスだろうか。

これもまったく理解できない。

絶対そのうちケンカするに決まってるし、どっちかがどっちかにイライラして出て行くに決まってる。たしかに家賃も光熱費も半分なので初めは良い面が目立つのだろうが、いざ住み始めてみると、やれ音がうるさいだの、トイレ流しすぎだの、洗濯モノやってだの、ゴミを捨ててきてだのと、争いを防ぐために作らなくても良いルールをいちいち作らなければならず、はちゃめちゃに面倒だ。

しかもだいたいちゃんとできていないのはいつもシェアを言い出すほうなのだ。

シェア推進派にたまたま気を使えないタイプの人が多いだけだろうか。

それともやはりシェアの良いところだけ説明して気を使うタイプの人に自分の世話をさせようと画策してこんな酷いことを言い出してるのだろうか。謎だ。狙ってやってるならもはや詐欺に近い。シェア推進派は隠れ詐欺師予備軍かもしれない。

世の中の人はもっとパーソナルエリアを大事にしたほうが良い。

 

・共同開発事業

どこかとどこかの国が共同開発に乗り出しました!ってニュースが歓迎ムードで流れた数年後、うまくいった事案を見たことがない。これもシェア推進派が声が大きいのを良いことにグイグイ進めていく感じが招いた最大のダメなところの一つだろう。

つまり始めから、この開発シェアしましょー、と近づいておいてじぶんだけ甘い汁を吸う目的だったに違いない。シェアを言われたほうは、別に単独でも開発できていたのに、なんかシェアしないと世界的にまずいっぽいよと、シェア推進派に言われてしまったため泣く泣くシェアすることにされたに決まってる。

これもシェア文化が世界的に蔓延したせいだ。

 

シェアを言ってくる人は相対的に利己的なタイプの人が多いのが個人的な感想だ。もっと世の中の人達は良い意味でお互いの利益に気を使い合うべきなのに。

そうすれば戦争など起きなかった場面が多いと歴史にちょっとはいい加減学んでほしい。

特に今は通信技術もデータの蓄積も発達して著しい。情報の共有も以前に比べて格段に楽になったはずだ。なのに自分にとって有利な情報しかシェア推進派はシェアしようとしていない。

 

よって上記までの行為をかんがみるにシェア推進派とはつまるところ、自分の利益を求めるあまり、他人に酷いことを強要でき、さらに時には戦争することさえまったく厭わない、破滅を招く恐れのある行為を平然とやってのける、それでいて相手を酷い目に合わせているのにまったく気にも止めない、常人からすると理解できないとんでも一団であると言えるだろう。※個人の感想です。

 

ウルトラマン達もシェアシェア言ってる場合じゃないよ。

シェア文化こそ、羊の皮を被ってやってきた終末戦争への第一歩なのだ。